チンチラの仲間にはどんな種がいる?チンチラの分類とチンチラ属の2種の正式な学名について
分類学とは何か?についてまとめた記事では、チンチラについて調べているとまず始めに目にする分類について理解するために、分類学の基本的な内容についてお話しました。
分類学のルールやしくみの学習が終わったところで、実際にチンチラの分類について詳しくみていきたいと思います。
チンチラの分類
「分類学とはどんなもの?分類学の基本的なしくみと学名・和名・英名の違いについて」の記事では分類学の基本的なしくみについてお話しました。
分類学には様々な分類階級があり、それらは分類単位(taxon、複数はtaxa)といって、階層的な関係として位置づけられています。
繰り返しになりますが、分類の単位とその階層を表すと下記のようになります。
では、実際にチンチラの場合はどのようになるのかを書き出してみると、
動物界 (Kingdom Animal)、脊索動物門 (Phylum Chordata)、脊椎動物亜門 (Subphylum Vertebrata)、顎口下門 (Infraphylum Gnathostomata)、四肢動物上綱 (Superclass Tetrapoda)、哺乳綱 (Class Mammalia)、獣亜綱 (Subclass Theria)、有胎盤下綱 (Infraclass Placentalia)、Boreoeutheria巨目 (Magnrorder Boreoeutheria)、真主齧上目 (Superorder Euarchontoglires)、齧歯目 (Order Rodentia)、ヤマアラシ形亜目 (Suborder Hystricomorpha)、ヤマアラシ顎下目 (Infraorder Hystricognathi)、チンチラ上科 (Superfamily Chinchilloidea)、チンチラ科 (Family Chinchillidae)、チンチラ属 (Genus Chinchilla)となり、
さきほどの図にあてはめてみると下記のようになります。
綱の階級が目を含み、目が科を含むというように、上位の階級が下位の階級を含むというような関係を階層(hierarchy)というとお話しましたが、ある特定の種が所属する分類単位をピックアップして並べてみるよりも、どのように分岐していくのかとか、周囲にはどのような動物群がいるのかなど、視野を広げて周囲を見渡してみたほうが新たな発見が多くて、動物種の理解も一層深まるのではないかな~と思います。
チンチラの分類学上の位置づけに近い仲間の動物にはどんな種がいるのだろう?
では、チンチラが属している齧歯目(Order Rodentia)から下位のチンチラ属(Genus Chinchilla)の分類階級までどのように枝分かれしていくのか、位置づけを確認してみたいと思います。
参考にさせていただいたのはアメリカ哺乳類学会から公開されているNathan S. Uphamら(February 1, 2022)の『Mammal Diversity Database(Ver 1.8)』で、和名は川田伸一郎ら(December 24,2021)の『世界哺乳類標準和名リスト 2021年度版』に従って、チンチラの分類体系図を作ってみました。
『世界哺乳類標準和名リスト 2021年度版』の底本となっているのは、Wilson and Reeder(2005)の『Mammal Species of the World, Third edition』で、齧歯目をヤマアラシ形亜目・リス形亜目・ウロコオリス形亜目・ビーバー形亜目・ネズミ形亜目の5つに大別していましたが、Nathan S. Uphamら(February 1, 2022)の『Mammal Diversity Database(Ver 1.8)』をみてみると、ウロコオリス形亜目・ビーバー形亜目・ネズミ形亜目の3つの分類群は亜目(Suborder)ではなく下目(Infraorder)の分類階級となっていて、Supramyomorpha亜目(Suborder Supramyomorpha)に包含されています。
ヤマアラシ形亜目(Suborder Hystricomorpha)・リス形亜目(Suborder Sciuromorpha)、Supramyomorpha亜目(Suborder Supramyomorpha)の3つに大別された齧歯目のグループの中で、チンチラは属しているのはヤマアラシ形亜目(Suborder Hystricomorpha)です。
「チンチラ」という文字が表れるのは、ヤマアラシ顎下目(Infraorder Hystricognathi)の下位階級の上科(Superfamily)の分類階級で、チンチラ上科(Superfamily Chinchilloidea)はチンチラ科(Family Chinchillidae)とパカラナ科(Family Dinomyidae)の2科を含み、チンチラ科とパカラナ科は姉妹関係にあることがわかっています。
チンチラ科(Family Chinchillidae)にはチンチラ属(Genus Chinchilla)とヤマビスカーチャ属(Genus Lagidium)およびビスカーチャ属(Genus Lagostomus)の3属7種が属していて、パカラナ科(Family Dinomyidae)にはパカラナ属(Genus Dinomys)の1属1種が属しています。
チンチラ上科(Superfamily Chinchilloidea)に属するチンチラの仲間の動物たち
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“https://tronador.ulagos.cl/jjimenez/ “ Photo © Jaime E. Jiménez / Adapted, Reference : |
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“https://tronador.ulagos.cl/jjimenez/ “ Photo © Jaime E. Jiménez / Adapted, Reference : |
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“Daniel Hualpa / Adapted (Licensed under CC BY-NC 4.0) “ Photo © |
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“David Robichaud / Adapted (Licensed under CC BY-NC 4.0) “ Photo © |
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“gabrielceledon / Adapted (Licensed under CC BY-NC 4.0) “ Photo © |
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“Nicolas Olejnik / Adapted (Licensed under CC BY-NC 4.0) “ Photo © |
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“Benjamin Frable / Adapted (Licensed under CC0 1.0) “ Photo by |
チンチラ(Chinchilla)という一般名称がさしているのはどの種?
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属(Genus): |
チンチラ属(Genus Chinchilla) |
チンチラ属(Genus Chinchilla) |
学名: |
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標準和名: |
チンチラ |
オナガチンチラ |
一般的な英名: |
Short-tailed Chinchilla |
Chilean Chinchilla |
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現在、私達が飼育しているチンチラは、1923年に鉱山技師のMathias F. Chapman 氏がチリからアメリカに連れて帰った12匹の子孫といわれていて、繁殖されたオナガチンチラ(Chinchilla lanigera)だということはご存じの方も多いかと思います。
そもそも、「チンチラ」という呼称はどの種を指していることばなのかを調べてみると、Jaime E. Jiménez 氏は『THE EXTIRPATION AND CURRENT STATUS OF WILD CHINCHILLAS Chinchilla lanigera AND C. brevicaudata』の中で、
だと述べています。
一方で、日本哺乳類学会から発行されている川田信一郎ら(2021)の『世界哺乳類標準和名リスト2021年度版』ではそれぞれの種に推奨される標準和名が記されていて、「チンチラ」という標準和名は短尾の Short-tailed chinchilla(Chinchilla chinchilla)に考案されており、長尾の Long-tailed chinchilla(Chinchilla lanigera)の標準和名は「オナガチンチラ」と記載されています。
日本国内のチンチラについて書かれた書籍を読んでいると、
本書では特別に指定しない場合には、オナガチンチラ(Chinchilla lanigera)をチンチラと記載する
と予め但し書きされている場合が多いですが、そのような表記がある場合でも、「これって長尾の Long-tailed chinchilla(Chinchilla lanigera)のことではなくて、短尾の Short-tailed chinchilla(Chinchilla chinchilla)の説明なのでは?」と疑問に思う場面がしばしばあります。
チンチラ属(Genus chinchilla)に属する2種をさす総称として「チンチラ」という一般名称が使われてきた結果、それぞれの種に対する説明がごちゃまぜになって現在に至っているのかもしれません。
後述しますが、両種にはいくつか異なる特徴があって、中でも
点だなと思います。チンチラ属に分類される2種の学名
学名 |
Chinchilla chinchilla |
Chinchilla lanigera |
命名者,年号 |
(Lichtenstein, 1830) |
Bennett, 1829 |
標準和名 |
チンチラ |
オナガチンチラ |
その他の和名 |
タンビチンチラ |
チンチラ |
最も一般的な英名 |
Short-tailed Chinchilla |
Chilean Chinchilla |
IUCNに記載の英名 |
Long-tailed Chinchilla |
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その他の英名 |
Highland Chinchilla |
Coastal Chinchilla , Common Chinchilla |
代表的なシノニム |
Chinchilla brevicaudata |
Chinchilla laniger |
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チンチラ属(Genus Chinchilla)に属する2種の学名と和名・英名および代表的なシノニムをまとめてみました。
私たちにとっては、種の学名よりもIUCN(国際自然保護連合:International Union for Conservation of Nature and Natural Resources)に記載されている英名の方が馴染み深く、それらを和訳してShort-tailed Chinchillaを「タンビチンチラ」、Long-tailed Chinchillaを「オナガチンチラ」ときくほうが個々にイメージしやすいのではないかなと思います。
種を区別せずに「チンチラ」と呼ばれることもあるということは先にお話したとおりですが、両種にはいくつかの異なる特徴があって、中でも注視したいのは生息範囲が異なることです。
タンビチンチラ(Chinchilla chinchilla)の生息範囲は南米アンデス山脈の高地、山頂と麓との間に広がる中腹部で、近年生息が確認されている国はチリとボリビアのみですが、かつてはペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチンに渡って生息していました。
一方、オナガチンチラ(Chinchilla lanigera)は今も昔もチリのみに生息してきたチリの固有種のため、最もポピュラーな英名は「Chilean Chinchilla」(チリ産チンチラ)です。
よく、「チンチラはアンデス山脈の山の頂上付近、氷点下になることもある寒さの厳しい環境に暮らし、空気はとても乾燥しているため、毛が非常に密に生えていて・・・」みたいな説明がされていますが、あれはまさしくタンビチンチラ(Chinchilla chinchilla)にあてはまる特徴です。
そのため、チンチラ乱獲の歴史でまずターゲットにされたのが、オナガチンチラ(Chinchilla lanigera)よりも、より一層繊細で密な被毛が美しいタンビチンチラ(Chinchilla chinchilla)だったのだそうです。
現在、野生のチンチラは2種ともワシントン条約の『最も絶滅の危機に瀕している分類の附属書 Ⅰ』(CITES Ⅰ)に指定され、国際取引が禁止されているため直接確認することはできませんが、もしもタンビチンチラ(Chinchilla chinchilla)に実際に会えたなら、きっと私達が飼育しているオナガチンチラ(Chinchilla lanigera)よりもさらに毛の密度が濃くて、一層モフモフなんだと思います。
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チンチラ属の2種の学名をめぐる分類学上の論争
アメリカ哺乳類学会から公開されているNathan S. Uphamら(February 1, 2022)の『Mammal Diversity Database(Ver 1.8)』を見てみると、現在チンチラ属(Genus Chinchilla)に属しているのは、タンビチンチラ(Chinchilla chinchilla)とオナガチンチラ(Chinchilla lanigera)の2種ですが、チンチラ属とその種の分類については様々な意見があって、論争の歴史があるようです。
私自身、タンビチンチラの学名は Chinchilla brevicaudata だと思っていたし、オナガチンチラの学名を Chinchilla laniger と書いている書籍もいくつも見たのでおかしいなぁ~と思ったこともあったのですが、シノニム(synonym)という言葉を知ってなるほど~と思いました。
シノニム(synonym)とは日本語に訳すと「異名」という意味で、生物の命名法においては一般的に「正式な学名ではない」という意味を含んで使われる場合が多いようですが、同一と見なされる分類群(種や属など)に付けられた学名が複数ある場合に、それらをシノニムといいます。
オナガチンチラの正式な学名は Chinchilla laniger ? それとも Chinchilla lanigera ?
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属名(genus name)である「Chinchilla」の命名者はE.T.Bennett(1829)で、「lanigera」という種小名(specific name)もBennettが1829年に命名したものですが、G.I.Molina(1782)が命名したMus laniger の「laniger」を女性名詞の「lanigera」に変えて名付けたこともあり、Chinchilla laniger を有効にすべきだという反論もあったようです。
その他の学名を有効にすべきという意見もあったようですが、この問題は『国際動物命名規約』における委員会に委ねられ、
と、2003年に委員会によって回答されました。
チンチラ属(Genus Chinchilla)の分類群の最も古い利用可能な名称がBennettの1829年だということは、Molinaによる命名はそれよりも前の1782年であることから、 ということになります。
当時チンチラの種について複数の命名者によって様々な記載がされましたが、模式標本をしっかりと指定していないケースも多かった中で、Bennettは自身が実際に手にしたチンチラについて明確に記述しており、後になってより専門的で図解入りの論文も出版しました。
Bennettによる出版が年代を分けて行われたことが混乱を招いた一つの原因となってしまったようですが、Chinchilla lanigera Bennett,1829 の模式標本はロンドンの自然史博物館(Natural History Museum)に預けられています。
タンビチンチラの正式な学名は Chinchilla brevicaudata ? それとも Chinchilla chinchilla ?
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それではタンビチンチラの場合はどうでしょうか?
近年海外で出版された書籍をみてみると、タンビチンチラの学名を Chinchilla brevicaudata と記載している著者もおられるものの Chinchilla chinchilla と表記されている書籍のほうが大半な印象を受けますが、日本の場合はというと、Chinchilla brevicaudata と書かれている書籍のほうが圧倒的に多い気がします。
Chinchilla brevicaudata の命名者は Waterhouse(1848)で、1848年にチリとペルーのチンチラの体格と尾の長さの違いを指摘し、短尾のチンチラをChinchilla brevicaudata と表現しました。
一方、Chinchilla chinchilla の命名者は H. Lichtenstein(1830)で、Lichtenstein は属名を「Eriomys」と命名し、種の学名は Eriomys chinchilla と記載されていたのですが、有効な属名がBennett(1829)の Chinchillaとされたことにより、種の学名は Chinchilla chinchilla となりました。
よって、命名者と年号も併せて表記する場合は Chinchilla chinchilla(Lichtenstein, 1830)となり、命名者と年号はカッコに入ります。
Waterhouse(1848)が命名した Chinchilla brevicaudata は3つの標本に基づいて記載されているのですが、それらはLichtenstein(1830)のChinchilla chinchillaと同種であることがわかっています。
「チンチラについて知りたい 第1回」でお話したとおり、『国際動物命名規約』では年号の早いほうが先取権をもつので、
ところで、Waterhouse(1848)は Chinchilla brevicaudata 命名にあたって自身では収集を行っておらず、参考にされた3つの標本のうちの1つは実際に目にしていないのだそうです。
D’Orbigny と Prévost によって収集され、Waterhouse によって計測された2つの標本は総模式標本(syntype)とすることが決まり、オランダのナツラリス自然史博物館(Naturalis Biodiversity Center)に保管されています。
Lichtenstein(1830)による Chinchilla chinchilla の模式標本は、ドイツのフンボルト博物館 (Museum für Naturkunde)に寄託されています。
さいごに
最後までお読み頂きありがとうございます。
チンチラの分類について調べたことをまとめてみましたが、先に分類学のしくみについて学んだ後だったので、分類の単位とその階層のあたりとかスムーズに理解できたような気がします。
以前「チンチラ」と画像検索した際、野生のチリヤマビスカーチャの写真が表示されていたことがあって、お顔も似ているし、野生のチンチラはこんな感じなのかな?と思ったことがあるのですが、今思うと同じチンチラ科に属する種だから表示されていたんだな~と納得しました。
「チンチラ」という呼び名もチンチラ属の2種のことを指して呼ぶ人ばかりではなく、ヤマビスカーチャ属やビスカーチャ属の種を呼ぶ人もいるだろうし、今回取り上げた以外にもウサギやネコを指して呼ぶなどなど、決まりがない分、様々なケースが考えられるので、生態について知りたいときには注意が必要だと感じました。
チンチラの分類学上の位置づけを調べていて感じたことは、チンチラに該当する部分をクローズアップして確認するよりも、縮尺を調整するみたいに距離を広げて、近縁にはどんな種がいるのかとか幅広く確認するほうが発見することが多く、理解度もぐっと深まることです。
今度はもっと距離を広げて、チンチラ属を包含する齧歯目のそのまた上位階級である、哺乳綱(Class Mammalia)の分類体系を調べてみたいと思います。
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「Mammal Diversity Database (Ver.1.8)」(Nathan S. Upham , Connor Burgin, Jane Widness, Schuyler Liphardt, Camila Parker, Madeleine Becker, Ingrid Rochon, Oavid Huckaby 著 / American Society of Mammalogists 発行 / 1 Feb,2022) |
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「Mammal Species of the World (Third edition)」(Don E.Wilson & DeeAnn M.Reeder 著 / Johns Hopkins Univiesity Press 発行 / 2005) |
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「世界哺乳類標準和名リスト 2021年度版」(川田伸一郎・岩佐真宏・福井 大・新宅勇太・天野雅男・下稲葉さやか・樽 創・姉崎智子・鈴木 聡・押田龍夫・横畑泰志 著 / 日本哺乳類学会 発行 / 2021) |
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「哺乳類の生物学① 分類(新装版)」(金子之史 著 / 一般財団法人東京大学出版会 発行 / 2020.1) |
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「国際動物命名規約第4版 日本語版(追補)」(動物命名法国際審議会 著 / 日本分類学会連合 発行 / 2005) |
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「Chinchilla chinchilla(Rodentia:Chinchillidae)」(Pablo Valladares F, Angel E Spotorno, Arturo Cortes M, Carlos Zuleta R 著 / MAMMALIAN SPECIES Vol.50 Issue.960, Oxford University Press on behalf of American Society of Mammalogists. 発行 / 2018.8) |
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「Chinchilla laniger」(Angel E. Spotorno, Carlos A. Zuleta, J. Pablo Valladares, Amy L. Deane, and Jaime E. Jiménez 著 / MAMMALIAN SPECIES Issue.758, American Society of Mammalogists 発行 / 2004.12) |
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「THE EXTIRPATION AND CURRENT STATUS OF WILD CHINCHILLAS Chinchilla lanigera AND C. brevicaudata」(Jaime E. Jiménez 著 / Biological Conservation 77, 1-6, Elsevier 発行 / 1996) |
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「Mammals of South America, Volume 2 Rodents」(James L. Patton, Ulyses F. J. Pardiñas, and Guillermo D’Elía 著 / The University of Chicago 発行 / 2015) |
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「The Chinchilla HANDBOOK」(SHARON L. VANDERLIP, DVM 著 / Barron’s Educational Series,Inc 発行 / 2016.7) |